前橋地方裁判所 平成元年(わ)72号 判決 1989年7月21日
本籍並び住居
群馬県新田郡尾島町大字世良田一〇九九番地
会社役員
大川博通
大正一四年一月一二日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官伊丹俊彦出席のうえ審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役二年及び罰金六〇〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から四年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、群馬県新田郡尾島町大字世良田一〇九九番地に居住し、株式会社大川屋の代表取締役としてその経営に従事するかたわら、個人で営利を目的として継続的に株式及び転換社債の売買を行っていた者であるが、自己の所得税を免れようと企て、右売買益の全部を申告せず、所得を秘匿したうえ、
第一 昭和五九年分の実際所得金額が一億二六六万六三四円(別紙1修正損益計算書参照)で、これに対する所得税額が五四四九万六八〇〇円であったにもかかわらず、昭和六〇年三月五日、同県館林市仲町一一番一二号館林税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が二二七六万七三〇七円で、これに対する所得税額が三二九万一三〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、昭和五九年分の正規の所得税額と右申告税額との差額五一二〇万五五〇〇円(別紙2税額計算書参照)を免れ
第二 昭和六〇年分の実際所得金額が九五八九万一五七四円(別紙3修正損益計算書参照)で、これに対する所得税額が四九七一万円であったにもかかわらず、昭和六一年三月一四日、前記館林税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が二二七七万九七七七円で、これに対する所得税額が三二六万八八〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、昭和六〇年分の正規の所得税額と右申告税額との差額四六四四万一二〇〇円(別紙4税額計算書参照)を免れ
第三 昭和六一年分の実際所得金額が、一億八四五六万五四六一円(別紙5修正損益計算書参照)で、これに対する所得税額が一億一二四五万四五〇〇円であったにもかかわらず、昭和六二年三月一六日、前記館林税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が二〇七六万八一七円で、これに対する所得税額が二八五万九一〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、昭和六一年分の正規の所得税額と右申告税額との差額一億九五九万五四〇〇円(別紙6税額計算書参照)を免れ
たものである。
(証拠の標目)
判示全事実につき
一 被告人の当公判廷における供述
一 被告人の検察官に対する供述調書
一 被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書七通
一 被告人作成の答申書
一 大川富子、大川隆久、大川順子、大川たきの検察官に対する各供述調書
一 堤襄治(三通)、大谷正志(二通)、岩本雅明(二通)、大川富子、大川隆久、大川順子、眞下尚久の大蔵事務官に対する各質問てん末書
一 堤襄治、川田光雄、川鍋隆治各作成の各答申書
一 大川たき作成の申述書
一 大蔵事務官作成の有価証券売買益調査書、支払手数料調査書、通信費調査書、新聞図書調査書及び租税公課調査書
一 館林税務署長作成の証明書
一 検察事務官作成の電話聴取書
判示第一の事実つき
一 大蔵事務官作成の脱税額計算書(自昭和五九年一月一日至昭和五九年一二月三一日についてのもの)
判示第二の事実につき
一 大蔵事務官作成の脱税額計算書(自昭和六〇年一月一日至昭和六〇年一二月三一日についてのもの)
判示第三の事実につき
一 大蔵事務官作成の脱税額計算書(自昭和六一年一月一日至昭和六一年一二月三一日についてのもの)
(法令の適用)
被告人の判示各所為は、所得税法二三八条一項にそれぞれ該当するところ、情状により同条二項を適用したうえ懲役刑及び罰金刑を併科することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により各罪につき定めた罰金を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役二年及び罰金六〇〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から四年間右懲役刑の執行を猶予することとする。
(量刑の事情)
本件は、被告人が、肥料及び農薬の販売等を目的とする株式会社大川屋の代表取締役として経営に従事する傍ら、個人として営利を目的として継続的に株式及び転換社債の売買を行い、昭和五九年から昭和六一年の三年間における右売買益を全く申告せず、所得税を不正に免れたという事案である。このような被告人の所為は、税負担の公平を害し、納税者の納税意欲を阻害し、ひいては国家の財政基盤を危うくしかねないものであって、厳しい非難を免れない。また、犯行の結果、態様等を検討すると、ほ脱所得額は合計三億一六八〇万九七六八円、ほ脱税額は二億七二四万二一〇〇円とかなり大型の脱税事犯に属し、ほ脱税率は昭和五九年度が九三・九六パーセント、昭和六〇年度が九三・四二パーセント、昭和六一年度が九七・四五パーセントと極めて高率であり、雑所得に限れば一〇〇パーセントのほ脱であるうえ、株式売買に際しては、配当金の支払調書が証券会社から税務署に提出されて株式売買が発覚しないように概ね五〇〇〇株単位で売買したり、取引先の証券会社を成瀬証券太田支店、三洋証券館林支店及び丸三証券伊勢崎支店の三社に分け、家族名義をも用いて取引注文を行うといった周到かつ巧妙な手口を用いており、犯情は誠に悪質である。また、犯行の動機等について検討すると、被告人は、昭和四七年ころから糖尿病のため健康を害したので頭の体操のつもりで本格的に株式売買を行うようになり、株式売買回数、銘柄及び株数が多く計算が面倒であったことや前記大川屋の業績悪化に備えて蓄財するために申告しなかった旨弁解するが、つまるところは利欲に基づく犯行でありさして酌むべき事情は見受けられないし、前記大川屋には顧問税理士眞下尚久がいたのであるから、被告人さえ申告する気になれば証券会社から資料を集めて右眞下税理士に申告させることは容易であったはずである。加えて、被告人は、前記大川屋の代表取締役として、経理を担当していた妻に対してかなりの売上除外を指示して法人税のほ脱を図っていた形跡もあり、被告人の納税に関する規範意識の乏しさを窺わせるものである。以上のような事情を総合すると被告人の刑事責任は相当に重いという他はない。
しかしながら、被告人は、既に修正申告を行い全額の納税を完了しており、捜査及び公判を通じ素直に犯行を自供して反省の情が認められること、今後は顧問税理士を通じて誠実な申告を行う旨誓約していること、昭和三〇年八月二六日前橋地方裁判所太田支部において贈賄被告事件により懲役八月(三年間執行猶予)に処せられて以来長期間にわたり交通関係事件以外の前科がないことに加え、被告人の年令、健康状態及び社会的貢献等の被告人に有利な事情を勘案し、主文の刑を量定したうえ、被告人に対しては今回に限り懲役刑の執行を猶予することとする。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 清水研一)
別紙1
修正損益計算書
自 昭和59年1月1日
至 昭和59年12月31日
<省略>
別紙2
<省略>
別紙3
修正損益計算書
自 昭和60年1月1日
至 昭和60年12月31日
<省略>
別紙4
<省略>
別紙5
修正損益計算書
自 昭和61年1月1日
至 昭和61年12月31日
<省略>
別紙6
<省略>